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秋祭り

地元の秋祭り。
秋祭り

いまどきの"まつり"はイベント、御祭りは神事である。
今年我が家は7年に一度まわってくる"頭家(とうや)"の年だ。
頭家とは…?
30軒あまりの世帯が1組となり、地域の祭りごとを進める
当番のようなものだ。
前日は神社の掃除をして、幕やのぼり、供物等の準備。
御祓いを受けて当日を迎え、礼服で祭りに参加する。

はっきり言って・・・めんどくさい!!!
2日間、ほぼまるまる縛られるし疲れるし、何よりも名前もわからない近所の
おじさんおばさんたちと一緒にやるわけなので、やたら気を遣う。
田舎の行事ってホントややこしくてうっとおしい。

でも!!
「なくせばいいのに」とは思わない。
昔からのしきたりに従い、誰もが文句を言いつつ必ず出て来る。
そして、ひとつひとつの事はそれぞれ意味を持って存在する。
まだまだ全ての意味はわからないが、全ては神さまを敬う心をもって
する事なのである。
御神体が御神輿さんに御移りになる時は手をついて頭を下げる。
"御神体"って、どんなモノ?
恥ずかしながら実はすごく見たかったし、ここにいれば見える!と
思ったが、頭を下げた時に「ああ、これは見てはいけないものなのだ」
とわかって、なんだかめちゃめちゃ納得がいった。
目に見えないものを大切にする心って大切だ…と思った。
そういうことを教えてくれる大切な機会なのだ。
決して粗末にはできない。

今日の画像の風景は、きっと昔も今も変わらないのだろう。
何十年前と同じ風景が毎年再現されるのだ。
古いものを大切にするのは素敵なこと。
今はわからなくても、子供たちもそのうちそんなことを思ってくれれば
なあと思う。

しかし今年は主人が獅子を遣うし、Hitは太鼓打ちに出るし、おまけに
頭家は当たるわで、楽しみではあるが気が落ち着かなかった。
無事にそれぞれ役目を果たせて本当によかった。
お疲れさま!!



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2006.10.15 | Comments(0) | Trackback(0) | 日々コレ好日

プラド美術館展

プラド美術館展を見に行った。
スペインのマドリードにあるプラド美術館には学生時代に1度、そして結婚後に主人と一緒に訪れたことがある。絵画にさして興味もなく観光気分だった学生時代はさておき、美術館めぐりを目的に渡航した2回目の訪問は格別の思い出だ。本物の絵画たちに感動し、その規模の大きさに打ちのめされた。

そんな経験から、プラド展の開催を知った時には「どうせ行くなら本場がええよなあ~」などと思って、特に行こうという気にはならなかった。本場なんて行けないくせに(笑)
しかし、大阪展の会期が始まったことを思いながらカレンダーを眺めていると、はやり見逃すわけにはいかない気持ちが沸き上がり、家族旅行と相成ったのだ。

出展されているのは一部を除いてあまり有名どころではない作品が多い。プラドの所蔵作品はスペインという国の宝、そうそう他国へ貸し出せるものではないし、そんなことは易々とすべきではないから当然のことだ。
しかしながらプラドの作品は王室のコレクションであることから、作品の知名度には関係なく各作品がそれぞれ王室の歴史を色濃く反映している。
今回『音声ガイド』を借りたのは大正解だった。
展示された81点の中から29点をピックアップして解説されている。
作品が描かれた背景がわかると見方がぐんと深みを増しておもしろくなった。

プラドで一番有名な作品のひとつ「Las Meninas(宮廷官女たち)」で作品の中心に描かれたマルガリータ王女を、ベラスケスの次の宮廷画家が描いた作品が展示されていた。
王室は脈々と続き、宮廷画家は同時期に何人もいて、しかも人事異動を繰り返す。
同じ人物を違う画家が描くという現象が起こるのだ。
マルガリータだけを追いかけて見てみるのも楽しそうだなと思った。

プラドの膨大な作品たちをどのような観点で見るか?
絵画を見るときに画家にこだわるのは普通のことだ。ベラスケスの作品、ゴヤの作品、ルーベンスの作品、という風に。
しかし、今回この展覧会を見て、プラドの作品に関しては画家にこだわるのはあまりおもしろい見方ではないような気がしてきた。
画家よりも描かれたモデルに観点を置いたほうが断然おもしろそうだ。
そんなことを考えたプラド美術館展。
はるばる行ってよかった。ほんとによかった!

2006.10.07 | Comments(4) | Trackback(0) | Art

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